少林寺拳法部

     
顧問
練習場所 剣道場 (格技場)
活動期間1986年~1998年

教師のスタートが毛呂山高校で良かった

私は新任の理科教諭として、1986〜1994年度の9年間毛呂山高校にお世話になりました。その間、諸先輩方のご指導をいただきながら、生徒会・生物部・少林寺拳法部の指導を中心に行っておりました。特に少林寺拳法部については自ら設立し、その部の活動は1986年〜1997年度の12年間続きました。残念ながら私が転出してから数年後、学級減に伴い廃部となりましたが、少林寺拳法の指導をしたいがために教員となった私にとって、かけがえのない経験と素晴らしい生徒たちとの出会いを残してくれました。詳しい部の歴史や総括は20周年記念誌に書かせて頂きました。振り返ってみると、6年連続全国大会出場などの目に見える成果もありましが、本当の成果は一人一人の卒業生の心の中に深く刻まれた目に見えないものだと思います。それは現在の単純な成果主義の評価制度とは大きく異なるまさに教育の成果です。形あるものは、いつかは無くなります。しかし、そこで築かれた一人一人の心の中の思い出や得られた認識は消えて無くなる事はありません。いつまでもその人の中で生き続けていき、その人の行動原理となっていくことでしょう。
毛呂山高校では、たくさんの意欲的な先生方とともに「生徒のために」何をすべきかと積極的に取り組んだ9年間でした。HR担任・生徒会チーフ・生物部顧問・少林寺拳法部顧問と一人何役も同時にこなし、もちろん毎日帰る時間は夜遅く、午前様になることもしばしば。今では考えられない仕事量をこなしていました。問題を起こす生徒も決して少なくありませんでした。でもそれが嫌な辛い事ではなく、むしろ楽しく生き生きとした日々を送ることが出来たには、すばらしい諸先輩方と共に活動出来たからだと思っています。
そうした最高の環境に育てられた私の教師としてのペースは、今も毛呂山高校にありますし、これからも変わらないでしょう。現在の勤務校である狭山清凌高校(2校目13年目)でも生徒会・少林寺拳法部の指導に携わっておりますが、毛呂山高校で得た宝をさらに発展させていけるように、精進してまいりたいとお思います。最後に、出会ったたくさんの先生方・生徒の中から、特に印象深かった方をご紹介し、締めくくりとさせていただきます。初めての学年団で旅行係を共にやり遂げた渡辺博明先生(お世話になりました。)少林寺拳法部の初期を支えてくれた部長の押田君(卒業後、長野に転居し、一度も会えていない)、初めての担任のとき留学生としていた松本君(残念ながら退学してしまったが、今もきになる生徒のひとり)、初めての担任のときのHR委員の飯田さん(結婚し、滝田さんとなる。その後病に倒れ、お子さんとご主人を残し他界)、中退した篠原君(退学して数年後、突然学校に現れ世界の環境問題を解決したいから大学行くにはどうしたらいいかと言って来た)、ある理由で3年間担任を持った帰山さん(卒業式の後まで遅刻指導をし、卒業証書をひとり別室で渡した)、その他多くの方々、紙面の都合でかけませんが、お世話になりました。